- 境野顯廣(さかいのあきひろ)です。 法政大学在学中に、太平洋で友達のヨットに乗って九死に一生を得て、「三途の川」が頭に浮かんだ経験をしました。そのとき、もし漁船に発見されなければ、家族も今の私もこの世に存在していませんでした。そう考えると現在の自分は天から生かされているんだなとつくづく思います。バブル前の銀行や証券会社の就職する人が多い中で、糸井重里氏の時代を象徴するコピーに憧れていました。そんな中、東京・四谷の広告プロダクションの1名募集に、運よくコピーライターに採用されました。社会人生活を始めてまもなく、チラシや雑誌のライターの仕事をしていたある日、突然、近所で異様な音がしました。「トップアイドルの岡田有〇子が飛び降り自殺したらしいよ。」当時は、スマホなどのSNSがなかった時代なので、真偽はすぐにわかりませんでしたが、しばらくしてそれは事実であったことがわかりました。大学在学中にヨットで遭難しそうになり、今度はアイドルの突然死。まるで、禅の高僧に「死とは何か?」という公案をつきつけられているように思いました。そんなとき、20代のときに本屋で出会った「強運」(深見東州著)がきっかけとなって、創業期の出版社の営業マンになりました。
- 出版社時代は全国の有名な神社仏閣を巡りながら、北海道から沖縄までほとんどの書店を営業し、営業次長に抜擢されました。1日100件の書店を営業した頃は、靴を年に何足も履きつぶしました。そのまま順調に出世街道を上る勢いでしたが、人間関係につまずき、5人の家族の生計を支えながら失業生活を経験し、2度目の挫折をしました。その後、住宅、保険、製造、流通業の現場の接客業を続けながら、このまま平凡な人生で一生が終わってしまうのではと危惧を感じるようになりました。(拙著「感動論」、「才能を発掘してワクワク人生を過ごす9つの秘密の方法」に詳述)
- アマゾンで出版デビュー
境野顯廣(さかいのあきひろ)です。 法政大学在学中に、太平洋で友達のヨットに乗って九死に一生を得て、「三途の川」が頭に浮かんだ経験をしました。そのとき、もし漁船に発見されなければ、家族も今の私もこの世に存在していませんでした。そう考えると現在の自分は天から生かされているんだなとつくづく思います。バブル前の銀行や証券会社の就職する人が多い中で、糸井重里氏の時代を象徴するコピーに憧れていました。そんな中、東京・四谷の広告プロダクションの1名募集に、運よくコピーライターに採用されました。社会人生活を始めてまもなく、チラシや雑誌のライターの仕事をしていたある日、突然、近所で異様な音がしました。「トップアイドルの岡田有〇子が飛び降り自殺したらしいよ。」当時は、スマホなどのSNSがなかった時代なので、真偽はすぐにわかりませんでしたが、しばらくしてそれは事実であったことがわかりました。大学在学中にヨットで遭難しそうになり、今度はアイドルの突然死。まるで、禅の高僧に「死とは何か?」という公案をつきつけられているように思いました。そんなとき、20代のときに本屋で出会った「強運」(深見東州著)がきっかけとなって、創業期の出版社の営業マンになりました。
出版社時代は全国の有名な神社仏閣を巡りながら、北海道から沖縄までほとんどの書店を営業し、営業次長に抜擢されました。1日100件の書店を営業した頃は、靴を年に何足も履きつぶしました。そのまま順調に出世街道を上る勢いでしたが、人間関係につまずき、5人の家族の生計を支えながら失業生活を経験し、2度目の挫折をしました。その後、住宅、保険、製造、流通業の現場の接客業を続けながら、このまま平凡な人生で一生が終わってしまうのではと危惧を感じるようになりました。(拙著「感動論」、「才能を発掘してワクワク人生を過ごす9つの秘密の方法」に詳述)
アマゾンで出版デビュー
そんなとき、フォレスト出版の「本を出版して人生の棚卸しをしませんか?」というネット広告が目に入り、ダメもとで応募してみました。あとで聞いた話では数十倍の確率だったらしいですが、本を執筆することになり、処女作「才能を発掘してワクワク人生を過ごす9つの秘密の方法」(フォレスト出版)を2016年にリリースしました。その後、出版プロデューサーの長倉顕太氏に師事し、普通のサラリーマンをしながら、5年で10冊を出版。Amazonでベストセラーを出すことができるようになりました。



人生の棚卸をして本を出版することで、私の人生観は大きく変わりました。人の嫌がる仕事に3K(きつい、帰れない、給料が安い)といわれますが、私の半生はそんな人生でした。人生の師からも、「人よりも一段低い位置に身を置く下座業こそが、己を磨く修練として最上の人生修行である!」と教えていただいたことを思い出します。そんな経験があったからこそ、50代になって本を書くチャンスを頂けるようになったのかもしれません。どんなことがあっても、今置かれている状況は自分が一歩前進するための天から与えられた課題であり試練です。そう考えて生きていくと、ステキな未来が開けていきます。人生は棺桶に入るまで、どうなるかわからないからこそ人生は楽しい。人生の最期に振り返ったとき、剣聖・宮本武蔵の「我(われ)事において後悔せず」と胸をはっていえるような人生を過ごしていきたいものです。人生には、登り坂、下り坂、まさかの坂が誰にでも用意されています。天災、事故、病気などの不慮の事故も日本中で起こっています。明日無事に生きているかすらもわかりません。何事もなく天寿を全うしたとしても3万日(約80年)のはかない命です。(サザエさん、ドラえもん、クレヨンしんちゃんの家族のように、ずっと年齢が変わらなかったら、スゴイですが・・・)。
当時の菅官房長官が、「令和」の発表をする朝、令和の年号を聞くことなく、私の実父が享年82歳で亡くなりました。私にとって、令和は人生の大きな転機となりました。「いつまでもあると思うな親と金」という名言がありますが、家族の訃報は突然やってきます。しかし、告別式で大往生している姿を見て安心して送ることが出来ました。初七日を終えた後、川越の菩提寺で私の母校(法政大学出身)の先輩でもある金メダリストの三宅義信先生の講話がありました。https://note.com/tuiteruhiro/n/n259640f4c270
NHK番組のチコちゃんが言うように、ぼーっと生きていたら、あっという間に人生が終わってしまいます。朝起きたら太陽が東から昇り、夕方には西に日が沈んでいきます。そんな当たり前の1日の積み重ねで、私たちは毎日を過ごしています。「1日一生」(酒井雄哉大阿闍梨 比叡山千日回峰行2度満行)の言葉が身に染みる今日この頃です。
これからの人生
2023年に定年を迎え、残りの人生も折り返し地点にさしかかりました。振り返れば社会人2年目に人生の師との出会いがあり、創業期に10年程、スタッフとして直接学ぶ機会が得られたのも、本当に運がよかったと思います。最近では「私が見た未来」(たつき諒著)の2025年7月の大災害の予知夢が書籍やユーチューブを中心に話題となっていますが、地震学者などが警告しているように、.このままだと本当に日本は大きな大災害を迎えてしまう危険性があると言われています。昭和の聖師・出口王仁三郎もそんな未来を予言しています。これからの時代は、天災だけでなく、日本有事の憂慮もあります。深見東州氏が言われるように「大難を小難に、小難を無難に」するべく、残りの大切な時間を過ごしてゆきたいと思っています。

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