聖徳太子と能楽

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世阿弥著の「風姿花伝」によると、推古天皇の御代の摂政である聖徳太子(西暦574〜622)が、側近であった秦河勝に「能を編纂せよ」と命じて作られたのが「能」のキッカケであるという。17条憲法の「和を以て貴しとなす」という言葉が有名ですが、能は天下泰平の平和の祭り事として、混迷する今の時代を生き抜くヒントが散りばめられています。日本の戦国時代に天下統一を成し遂げた豊臣秀吉が好んで能を演じたのも納得ができます。

一般的な能の起源と言えば、中国から散楽という大衆芸能が伝来し、日本で大きく変わって平安時代に滑稽なモノマネや寸劇が中心の猿楽となりました。そして室町時代の日本の能楽の基礎を築いた観阿弥、世阿弥によって現在の能が完成しました。

能舞台は、1役を担った人たちが集って、能を演じる祭り合いの総合芸術です。すべてのものには命があり、私たちが命が与えられたことに対して天に感謝する事を能楽で演じているという。そして、能は単なる娯楽ではなく、日本独自の舞台芸術として発展してきています。能楽はユネスコの無形文化遺産に登録されており、能楽から歌舞伎が出て、そこから日舞や長唄が出来ました。まさに能楽は日本文化の王道です。

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