【どうする家康46話】大阪城での 家康 と 秀頼 の対面で「豊臣は公家、政治の実権を握るのが徳川」という家康の謀略は失敗に終わり、秀頼は頭角を現し始めた。もはや秀頼は家康の脅威となっていた。そんな中、方広寺の大仏殿の開眼供養の鐘に「国家安康、君臣豊楽」という文字が刻まれていたことが発覚。儒学者の 林羅山、高僧の 金地院崇伝 によれば、家康を分断し、豊臣を主君とする呪詛の言葉であると指摘。仲介役の 片桐且元 は暗殺未遂で家康に寝返り、「大阪冬の陣」が勃発。真田丸で苦戦する家康は、三浦按針 に調達させたイギリス製の大砲を大阪城本丸に向けて撃ち始めた。

【どうする家康47話】徳川軍が大阪城本丸に向けて集中砲火した大砲の威力はすさまじく、豊臣方は戦意を喪失し、家康 の命を受けた #阿茶 と茶々の代理である妹・初と交渉し講和が成立。難攻不落の大阪城を知る家康は、茶々と秀頼の安全と本領安堵と引き換えに、大阪城 の外堀を全て埋めたてた。翌年、京で浪人たちが狼藉を働いている理由をつけ、家康は秀頼の国替えを通告するが、#秀頼 はこれを拒否。これをきっかけに「大阪夏の陣」が勃発。裸同然となった大阪城を包囲する20万の徳川の大軍を防ぐ手立ては豊臣秀頼にはもはやなくなっていた。

[どうする家康48話(最終話)】大阪城 は外堀を埋められて籠城する力を大きく失い遂に落城した。救出された 千姫 の助命嘆願は受け入れられず、豊臣秀頼、茶々 を始め、豊臣の中心人物はこの世を去った。そしてようやく日の本に本当の平安が訪れた。桜も積もった晩春。家康は意識が朦朧とする中、 #走馬灯 の如く夢を見ていた。そこには死んだはずの 信康 と 瀬名 もいた。そして家臣がみんなで楽しそうに海老すくいを踊っていた。1616年4月17日享年75歳、徳川家康 はその波乱に満ちた生涯を終えました。




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